地域包括のケアマネ時代、よくあった相談のひとつに、遠方に住む息子さん・娘さんからの「一人暮らしの親が心配で…」というものがありました。
なにかあっても、すぐに駆けつけられない。「ちょっと様子を見に行く」ことさえ簡単ではない。
時々実家に帰ったときには、部屋を掃除したり、食べるものを差し入れたり。
それでも――お風呂を掃除したのに使った形跡がない。冷蔵庫に食べ物がほとんど入っていない。
ちゃんと生活できているのか。自分がいない間、何が起きているのか。
心配は尽きない。
「ヘルパーさんに来てもらったら?」
そう提案しても、
「そんなんいらん!自分でできる!」
と断られてしまい、どうしたらいいのか分からない…。そんな声を、何度も聞いてきました。
私が担当していた利用者さんのひとりに、こんな方がおられました。
奥様を亡くされ、急に一人暮らしになった男性。
娘さんは訪問介護の利用をしたいと思っていたけれど、本人は「一人でできるから」と言って受け入れず、困った娘さんが相談に来られました。
娘さんは2週間に1度、新幹線に乗って様子を見に来られていました。
でも、自分の家庭もある中で、日常生活の手助けには限界があります。
しかも、お父さんは足が悪く転倒を繰り返し、薬も飲めていない様子でした。
電話をかけてもなかなか出られません。
「もし倒れていたら…」
その不安は、想像以上に重いものだったと思います。
ご自宅に伺い、本人の話を聞いてみました。
すると出てきた言葉は、意外にも静かなものでした。
「急に妻が亡くなって、つらい」
「娘には心配や負担をかけて、申し訳ないと思ってる」
娘さんには言えなかった言葉。
娘さんからすれば、急にお母さんを亡くして、急に一人になってしまったお父さんが心配でたまらない。
だからこそ、必死に動いておられる。
お互い、同じ方向を見ているのに、うまく噛み合わない。そんな場面でした。
私はこう提案してみました。
「人とかかわりながら、生活を整えていきませんか」
「訪問介護は、“できないから頼む”だけじゃなくて、“生活を続けるために整える”サービスでもあるんです」
本人は少し考えてから、
「そうやなあ…」
と、ぽつりと言われました。
そうして、訪問介護の利用が始まりました。
週に2回、お掃除や買い物、簡単な調理の支援。
本人はだんだん慣れて、ヘルパーさんの来訪を楽しみにするようになりました。
サービスを利用すると安否の確認もできます。
娘さんも「ようやく安心です」と話しておられました。
そして、一番変化があったのはここです。
本人がヘルパーさんと関わることで元気を取り戻し、「外へ出てみようと思う」と、デイサービスの利用が始まったこと。
足や体幹の筋肉を強化して、転倒しない体づくりを始められました。
だれでも最初は、自宅に他人を入れて家事や介助をしてもらうのは抵抗があると思います。
でも、訪問介護は「お手伝いさん」ではありません。
本人が自立した生活を続けられるように支える、介護のプロ。
そんなことを、あらためて感じた経験でした。


