「直そう」としてしんどくなった話
──でも、気づいたら少しラクになれたこと。
「気にしすぎやって〜」
「考えすぎやって〜」
今まで、何回言われたやろなぁ。
そら私もね、
「こんな自分、もうちょいマシにならんかな…」って思ったこと、あるよ。
気にしないフリをしたり、
「もっと強くならなきゃ」って思ってみたり、
それでも全然うまくいかなくて、
「私はやっぱりダメなんかな」って、自己嫌悪になることもあって。
でも最近、とある記事で見たんよ。
繊細さを『直す』のは100年たっても無理(笑)
脳の仕組みレベルでそうなんやって。
……そっか。
「無理に直さなあかん」って思うから、しんどかったんやなぁ、って。
その言葉に出会ってから、ちょっとずつ
「私はこういうタイプなんや」って思えるようになって、
それだけで、だいぶ毎日が軽くなった気がするんよね🌿
繊細さが、誰かの役に立ったこともあった
たとえば、介護の仕事をしているとき。
他のスタッフさんが気づかないような変化に、私はすぐ気づく。
「今日は、歩き方ちょっと違うな?」
「なんだか言葉が少ないな」って、
その小さな“違和感”が、早期の受診やケアにつながったこともある。
認知症の方とお話しするときも、
「この言葉なら、今の気持ちに寄り添えるかもしれん」って考えながら声をかけたら、
不安そうやった表情が少し和らいだり、
「ありがとうね」と、ふと笑ってくれたこともあった。
そのとき思ったんよね。
「繊細すぎる自分」が、人を喜ばせたり、安心させたりする力にもなるんやって。
繊細さは、直すものじゃなくて、活かせるもの。
「こんな自分、どうにかせなあかん」って思ってたときは、
しんどかった。
でも今は、少しずつ「こういう自分でええんや」って思えるようになってきた。
繊細さって、決して悪いことやない。
誰かの痛みに気づいたり、
小さな変化を受け止めたりできる力やと思う。
だから私は今日も、
この“やわらかい感受性”を持ったまま、
自分のペースで過ごしていこうと思う。


